戦後最大の怪事件
主要人物
檀 一雄
りつ子
第一話 虫のように這う日々
檀 一雄
時間の感覚が、どうにも頼りない。
時計の針は動いているのに、自分の中の歯車がどこか外れちまったようでな。
ペンを握ってみたんだが、
指が震える。ひどく震える。
自分の名──檀一雄、その文字すら書きつけることができない。
書けないというのは、哀しいもんだな。眠ろうとして、酒と睡眠薬をあわせて飲んでみる。けれど、眠れない。眠れぬ夜が続く。
耳の奥に、あの音が響くんだ。
あの、戦場の音が。
バラバラと、ドーンと、破裂して、響いて、こめかみに喰い込んでくる。
満州──あの大陸のあたりで、兵隊として過ごしたあの時間は、どうにも言葉にしづらい。
生き物が、人の命が、原稿用紙のように、ぐしゃりと潰れて、捨てられていった。
人が死んでいくのを見た。それだけじゃない。
俺の銃も、誰かを殺したかもしれん。
生き延びた俺が、果たして幸運だったのか、不運だったのか。誰にも分からん。俺にも分からん。
ただ、生き残った俺の身体は、
どこか軋み、どこか壊れてしまった。
檀 一雄
帰国すると、妻のりつ子がいた。
あの、優しく笑う、りつ子が、結核で寝込んでいた。
りつ子
「お帰りなさい」
檀 一雄
か細い声だった。涙がこぼれた。あ、この人だけは守ろう、そう思った。
あの、長崎でな、キノコ雲を見た。りつ子を看病していた最中だった。
空の高く、異様な雲が浮かんでいた。それが何を意味していたかは、すぐに分かった。
敗戦──
日本が、負けたんだ。
そして、りつ子は死んだ。
あれだけ気丈な人間でも、あの混乱の中、持ち堪えられなかった。
医者も薬もなく、時代がりつ子を殺した。
泣いた。泣き果てた。
その日から俺は、屍のようになった。
原稿用紙を目の前にしても、真っ白なまま。言葉が降りてこない。
かつてのように、ペンの先から湧き出てくるはずの戯れ言が、影も形もない。
酒だ。
酒でなければ、日々が過ごせない。そうでもしなければ、死んでしまう。
けれど、俺には死ぬ勇気すらない。
あの戦争が、俺から「人間であること」を奪っていった。
俺の中の何かを、燃やしてしまった。りつ子も逝ってしまった。
原爆を落としたあの国は、今や“GHQ” という名で、この国を支配している。
戦争は、まだ終わっちゃいない。
この書斎の隅で、俺はただ、虫のように小さくなっている。這うように生きている。震える手足で、何かを掴もうとしているが、何も掴めない。
……太宰 。
なあ太宰。お前なら……
こんなとき、どうしていた?
ここまでのおさらい
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檀 一雄
だん かずお戦争のトラウマと妻・りつ子の死に打ちひしがれ、酒に逃げながら這うように生きている。
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太宰 治
だざいおさむかつて太宰と共に「桜桃探偵舎」という探偵ごっこをしていた。
ここまでの用語解説
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だんかずお檀一雄
檀一雄(だん かずお、1912年–1976年)は、日本の小説家・随筆家。太宰治、坂口安吾らと並び「最後の無頼派」と称される戦後文学の重要な作家です。従軍体験や、最愛の妻・律子の死といった私的破綻を抱えながら、人間の業、欲望、生命力を激しい筆致で描きました。1951年、『長恨歌』『真説石川五右衛門』により直木賞を受賞し、文壇的評価を確立。代表作『火宅の人』では、破滅的でありながら生にしがみつく作家像を描き、日本文学史に強烈な印象を残しました。奔放な生き方と、最後まで「書くこと」に賭けた姿勢は、今なお多くの読者を惹きつけています。
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まんしゅう満州
満州(まんしゅう)とは、中国東北部に位置する地域で、20世紀前半、日本の帝国主義政策の中で重要な舞台となった。1932年には日本の傀儡国家「満洲国」が建てられ、資源開発・開拓民の移住・軍事支配が進められたが、1945年の敗戦とともに崩壊、多くの日本人が混乱の中で命を落とした。檀一雄は、1944年(昭和19年)に徴兵され、満洲に軍属として出征しました。
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りつこりつ子
檀一雄の最初の妻・律子(りつこ)は、戦前から戦後にかけて彼を支えた女性であり、彼の私小説作品に深い影を落とした人物です。病弱で結核を患い、檀が満州から帰還した直後に死去。彼女の死は檀にとって大きな喪失体験となり、のちに彼は連作小説『リツ子・その愛』『リツ子・その死』(1950年)で彼女との生活と死を描き、文壇復帰を果たします。律子の存在は檀にとって「失われた純粋な愛」であり、戦争と死の狭間で生き延びた自身を省みる原点となりました。
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はいせん敗戦
1945年8月15日、昭和天皇による終戦詔書によって太平洋戦争(大東亜戦争)が終結し、日本が連合国に降伏しました。これは、1945年8月6日の広島、9日の長崎への原子爆弾投下、そして8月9日のソ連対日参戦という、短期間での連続的衝撃によって決定づけられました。檀一雄はこの「日本の敗戦」を、戦場から引き揚げた生還者のひとりとして、その現実の裂け目から目撃しました。とくに印象的なのは、彼が長崎でみた原子爆弾投下時の「キノコ雲」の記憶です。
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さけだ。酒だ。
「酒だ。」──この一言は、檀一雄の人生と文学を象徴する呪文のような言葉です。戦争の記憶、妻・律子の死、書けない苦悩──それらに押し潰されそうになるたび、檀は酒に逃げ、酒で耐えました。太宰治もまた、酩酊の果てに文学と破滅を往復した人であり、中原中也は詩と狂気と酒を共にした詩人でした。彼らにとって酒は、逃避ではなく生き延びるための手段であり、文学に届くための儀式でもあったのです。
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じーえいちきゅーGHQ
GHQ(General Headquarters、連合国軍総司令部)は、1945年の日本の敗戦直後から1952年の主権回復まで、日本を占領・統治したアメリカ主導の軍事組織です。最高司令官ダグラス・マッカーサーのもと、日本の政治・経済・社会を徹底的に改革しました。戦争責任の追及(戦犯裁判)や軍隊の解体、民主憲法(日本国憲法)の制定、農地改革や財閥解体など、あらゆる面で戦前の体制を一新しようとしました。
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だざい おさむ太宰 治
太宰治は、日本近代文学における最も複雑で、最も人間的な作家のひとりである。青森の名家に生まれ、帝大仏文科に籍を置きつつも、時代の空気に抗い、笑いと哀しみをないまぜにした独自の文学を築きました。『晩年』『走れメロス』に代表される短篇には、自己への絶望と他者への諦念が皮肉とユーモアをもって表現されています。そして『斜陽』では、時代の没落を「貴族の崩壊」に託して描き、多くの読者を惹きつけました。
