太宰治と檀一雄のバディ探偵ミステリー
第一章

戦後最大の怪事件

主要人物

第五話 再訪③

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檀 一雄

玄関の音がした。彼が帰ったのだ。

挿絵

俺は、独りになった部屋で、目を閉じる。

酒気が身体の奥に沈んでいくのを感じながら、ただ、独り言のように呟いた。

「……矢田……今の俺は、絶望で作られてる。何かを書くなんて……夢のまた夢だ」

静かな時間が流れる。
柱時計が、カチ……カチ……と時を刻んでいた。
風の音すら聞こえない。まるで、世界から切り離されたような静けさだった。

──そのときだった。

「その絶望を
  書けば良いじゃないか」

声がした。

挿絵

柔らかくて、どこか笑っていて、それでいて、ひどく痛々しい声だった。

ふっと、遠くから吹いてくるようなその声に、思わず俺は身じろいだ。

「……え?」

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太宰 治

「人生なんて、もともと切り売りさ。俺たち小説家の商売は、それだったろう?」

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檀 一雄

──太宰。

まさか、まさか、まさか、とは思った。

けれど、その声は、確かに、耳の奥に、滑り込んできたのだ。

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太宰 治

「だから、その絶望を書けば良いじゃないか」

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檀 一雄

そう言ったのだ、彼は。いつものように、少しだけ澱んだ声で、やや笑いを含んで、どこか他人事みたいに。

俺は、ゆっくりと顔を上げた。
そこに、太宰がいた。
どうしてだろう、涙が出なかった。

挿絵

それよりも、胸の奥に、こそばゆいような、苦笑いのような、風通しの悪い部屋の戸を一気に開けられたときのような、そんな感じがしたのだ。

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太宰 治

「久しぶりだな、檀」

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檀 一雄

ああ、太宰。お前は、なんにも変わっていない。髪はぼさぼさで、着物の襟元はよれて、まるで病人みたいに頼りなく、けれど、どこか気取って見えるのだ。

不思議なやつだよ、本当に。

「お前、本当に……」

それしか、言葉が出なかった。
俺は、子供みたいに、ただその姿を見ていた。

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太宰 治

「この部屋、相変わらずだな。帝大時代の下宿を思い出すよ」

挿絵
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檀 一雄

そうだ。俺たちは、あの部屋で、くだらないことばかり語っていた。文学、革命、恋愛、死、借金。
──借金はたいてい太宰がしていた。俺は肩代わりばかりしていた。いや、してやっていたわけじゃない。してしまった、のだ。

「会いに行ったんだぞ、三鷹まで」

俺は、ぽつりとそう言った。自分でも驚くほど素直な声だった。

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太宰 治

「ああ、聞いたよ。僕も行ったよ。石神井までな」

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檀 一雄

太宰は答えた。ひどくあっさりと。

「いるはずないって、分かってたのに……」

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太宰 治

「お互い様だ」

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檀 一雄

「……どれだけぶりだろうな。こんな風に、話せるのは……いや、すまん。酒と薬で、時間の感覚がずれていて……なあ太宰、お前……本当に……」

俺は、それ以上言えなかった。
言葉が胸につっかえてしまったのだ。

挿絵
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太宰 治

「なら“おめざ”だ。立ち上がれ、檀」

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檀 一雄

太宰は、にやりと笑った。悪戯っぽい、子供のような笑みだった。

「太宰だ……本当に、太宰だ……」

そうだ、これが太宰だ。誰よりも弱く、誰よりもずるくて、誰よりも優しい──
──まったく、うらやましいほどの、存在だった。

ここまでのおさらい

  • 檀 一雄サムネイル

    檀 一雄

    だん かずお

    矢田が帰り再び独りになった部屋で、太宰と再会した。

  • 太宰 治サムネイル

    太宰 治

    だざいおさむ

    絶望に沈む檀の前に、突然姿を現した。

ここまでの用語解説

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    ていだいじだいのげしゅく帝大時代の下宿

    太宰治は昭和5年(1930年)に東京帝国大学仏文科へ入学し、本郷周辺に下宿して学生生活を送っていました。一方、檀一雄も同じく帝大時代、本郷近辺で下宿生活を送り、大学とその周辺を生活圏としていました。二人が頻繁に行き来していたことは、檀一雄の回想や伝記資料から確認できます。当時の下宿は質素な木造家屋で、狭い部屋に原稿用紙や書籍が積まれ、金銭的にも余裕のない環境でした。そこで二人は文学、思想、人生について語り合い、ときに酒に溺れ、ときに互いの弱さを晒し合いました。この帝大時代の下宿は、太宰と檀にとって、作家としての出発点であると同時に、友情と依存、才能と劣等感が交錯する原点の場所だったのです。

  • 借金はたいてい太宰サムネイル
    しゃっきんはたいていだざい借金はたいてい太宰

    太宰治は、借金の頼み方そのものが逸話になる作家でした。編集者や知人に宛てた手紙では、金銭の不足を大げさに、時に戯画的に表現しています。特に知られているのが、「あなたに五十円断られたら、私は死にます。それより他ないのです」と書いた借金依頼の手紙です。これは脅迫というより、自身の弱さや追い詰められた心情をそのまま言葉にしたもので、受け取った側は思わず苦笑しつつも助けてしまったと伝えられています。また、師である井伏鱒二に対しても、「会ってくれないと死ぬ」と訴えるような手紙を送り、関係をつなぎ止めた逸話があります。太宰にとって借金や懇願は、生活の問題であると同時に、人との距離を縮めるための不器用な自己表現でもあったのです。

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    みたか三鷹

    太宰治は戦後、東京都三鷹市下連雀に居を構えました。玉川上水に近いこの家は、静かな住宅地にあり、太宰が比較的落ち着いた生活を送った最後の住まいとして知られています。近くには畑や雑木林が残り、都心とは異なる穏やかな空気が流れていました。この三鷹の家で太宰は『斜陽』や『人間失格』といった代表作を執筆し、作家として最も注目を集める時期を迎えます。一方で、家族との生活と自身の不安定さの間で葛藤を深めてもいました。三鷹は、太宰にとって「創作の充実」と「破滅の予感」が同時に存在した場所だったのです。

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    しゃくじい石神井

    檀一雄は戦後、東京都練馬区上石神井に住まいを構えました。上石神井は当時、都心からやや離れた静かな住宅地で、空襲の被害も比較的少なく、戦後の作家たちが身を寄せる場所でもありました。この家は檀にとって、戦争体験と妻りつ子の死を抱えながら、再び書くことと向き合うための拠点でした。やがてこの住まいには、放浪癖のある坂口安吾が半ば居候のように住み着くようになります。酒と議論が絶えないこの家は、檀にとって安息の場であると同時に、戦後文学者たちの傷と再生が交錯する、濃密な空間でもあったのです。