女生徒と秘密
主要人物
太宰 治
声/岡本信彦
檀 一雄
中原 中也
矢田喜美雄
第二話 女生徒と秘密②
矢田喜美雄
「檀さん、大変です!
向こうで学生同士が手紙らしきものを売買しているのを見ました!おそらく、教授の派閥のライバルです!」
檀 一雄
その声に、俺は身を乗り出した。
やはり、手紙は“動いていた”。
太宰が溜息まじりに、肩をすくめながら言う。
太宰 治
「……あらあら、転売というやつですね。取り上げますか」
檀 一雄
「待て太宰。取り上げるって、何か考えはあるのか?」
太宰は、読書に耽る中原の方を見た。
太宰 治
「中也。あそこでたむろしてる学生たち、いるだろう? あいつら、中也の詩の悪口言ってた」
中原が唇の端を吊り上げて、乱暴に立ち上がった。
中原 中也
「てめえらに俺の詩の何がわかるんだよ!!」
遠くで悲鳴があがるのが聞こえた。
太宰 治
「さすが中也。輩にも、程があるね……威勢だけは人一倍だ」
檀 一雄
「太宰、お前な……」
その数分後、中原はきょとんとした顔で戻ってきた。
手には、例の紙片。
中原 中也
「俺が乗り込んでったらよ……あいつら慌てて謝って、この手紙を献上してきたぜ。さっき言ってた朱色のインクだよな。これ」
檀 一雄
俺は受け取りながら、太宰と目を見合わせた。
太宰 治
「中也、きみの威勢のおかげだね。あの反応、彼らは教授の反対勢力に間違いなさそうだ。取引現場を押さえられたと早合点して逃げたのさ」
中原は、一拍置いて納得の笑みをこぼした。
中原 中也
「……そうか! やっぱり、犯人は教授を貶めるために手紙を盗んだってことだな!?」
檀 一雄
「いや、そうじゃない」
俺は、向き直って真顔で言った。
「手紙は、教授の弱みを"元から"知っていた者が意図的に盗んだんだ」
中原 中也
「そりゃどういうことだ?」
檀 一雄
「あの女生徒と教授のやり取りの内容を知らなければ、わざわざ手紙を盗む理由がない。動機は個人的なものだろう。そして犯人は、反対勢力の連中に手紙を取引させて、状況の錯乱を狙った」
太宰は静かに顎に指を添え、真顔で言った。
太宰 治
「一人だけ、いたね。依頼主の"親しいご友人"が。なにやら、人間の美しくも滑稽な様相が浮かんできた気がしないかい? 檀くん……」
話一覧
ここまでのおさらい
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矢田喜美雄
やだきみお手紙の取引現場を目撃し、ライバル派閥の仕業だと慌てて檀たちに報告した。
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太宰 治
だざいおさむ中原をそそのかして取引現場から手紙を回収させ、真犯人が依頼主の「親しい友人」であると見抜いた。
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中原 中也
なかはら ちゅうや太宰がついた嘘に激怒し、学生たちから「朱色の偽手紙」を奪い返した。
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檀 一雄
だん かずお回収した手紙と状況から、犯人は教授ではなく依頼主を陥れるためにライバル派閥を利用したのだと推理した。
ここまでの用語解説
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じょうほうのやみいち情報の闇市
戦後直後から昭和20年代にかけて、日本では物資だけでなく「情報」も闇市的に流通していました。食糧や衣料と同様に、横流し・転売は日常化し、新聞記者や学生の間でも内部文書やゴシップは“値がつくもの”と見なされていました。とりわけ大学では、教授の不倫や思想問題は派閥抗争の材料になり、失脚に直結することもあったのです。
恋文一通であっても、相手が既婚教授であれば十分に“政治的爆弾”になる。学生がそれを売ろうとした行為は、単なる悪意というより、戦後の混乱期において「情報=現金化できる資源」という感覚が広がっていた時代背景を映しています。
