太宰治と檀一雄のバディ探偵ミステリー
第三章

女生徒と秘密

主要人物

第三話 女生徒と秘密③

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檀 一雄

数日後の午後、俺たちは、矢田と依頼主の女生徒を帝大の空き室に呼び寄せた。

彼女は以前よりもわずかに痩せたように見えたが、
その顔には覚悟のようなものがにじんでいた。

俺たちは彼女を静かに迎え入れ、テーブルの横に案内した。矢田は心配そうに彼女を見つめている。

俺は、あの手紙の断片をそっと差し出した。

「……これですね。あなたの手紙」

彼女は両手で紙片を受け取り、しばらく言葉を失ったように見つめていたが、やがて小さく呟いた。

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依頼主

「……そうです。私の書いた手紙です。……でも、どこに……?」

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檀 一雄

「事件は、解けました。どうぞ、お座りください。話を整理しましょう」

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柱時計が、コチコチと小さな音を刻んでいた。
その音だけが部屋の空気を震わせるなか、俺は落ち着いて言った。

「まず、あなたの手紙ですが、あなたの友人——A子さんが持っていました。これが断片です。」

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依頼主

「え?A子が!?」

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檀 一雄

「A子さんは、ずっとあなたを羨ましく思っていた。成績、家柄、人望、そして……恋。
ある日A子さんは、あなたがこっそり、教授の部屋に手紙を差し入れている姿を、偶然目撃してしまう。手紙は、今までにも何度か送ったことがあったんですね」

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依頼主

「ええ、私からの手紙の印として、赤いインクを使うのが決まりでした。私の名前は書かなくても、
一目でそれとわかるので」

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檀 一雄

「それであなたと教授の秘密の関係に気づいた彼女は、あの日、あなたが赤い恋文を図書館に置き忘れるところにも遭遇してしまいます」

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彼女は、俯いて手元の紙を見つめていた。

「そして、A子さんは別の一通、朱色の偽の手紙を用意して、あなたと教授の仲を壊そうとした。内容は、あなたから教授に別れを切り出すもの。しかしここで悲劇が起きます。A子さんは、証拠隠滅のためその偽の手紙の『下書き』を燃やしているところを、別の学生に見られてしまったんです。彼女は慌てて火を消し、現場を離れ断片をゴミ箱に捨てた。それを、俺たちが拾った」

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中原が張り切った調子で声を上げる。

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中原 中也

「俺な、俺が見つけたんだよ!」

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檀 一雄

太宰がじとっと中原を睨むのを横目に、俺は続けた。

「おそらく、第三者に不審な動きを見られてしまったA子さんは、状況を錯乱させるために、教授の"反対勢力"を利用したのでしょう。彼らに偽の手紙の取引をやり取りさせることで、派閥争いと見せかけようとした……。取引現場は、我々が取り押さえました」

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中原 中也

「それも、俺な!俺が手紙を取り上げてやったんだよ。こう見えてもな!」

太宰は、中原をよそに、遠慮なく証拠となる物品を机に置いた。

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太宰 治

「あなたの周囲で、朱色のインクを持っていたのは、A子さんただ一人でした。これが、何よりの動かぬ証拠です」

彼女は、手紙を机に伏せた。
手は、震えているようにも見えた。
呆然としながら、小さな声で呟く。

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依頼主

「……あの子が……そんなことを……」

太宰は穏やかに微笑んで、けれど逃げ道を与えない語り口で言った。

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太宰 治

「彼女は、あなたがすべてを持っているように見えて、耐えられなかったんだろうね……。友人のふりをしながら本気で貶めようとするなんて。人間ってのは、哀れな生き物だ」

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檀 一雄

「A子さんは泣いてました。自分のしたことが“人として最低だ”と。あなたと教授の仲については、誰にも話していないようですよ」

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中原 中也

「手紙のやり取りをしようとしてた奴らなら、口封じしておいたぜ。この俺がな」

彼女は唇を噛み、目を伏せたまま静かに言った。

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依頼主

「……それなら、A子はそんなことしなくてもよかったのに」

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檀 一雄

「なぜです?」

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依頼主

「だって私が書いた本物の手紙の内容も、教授に別れを伝えるものだったんですから」

中原が少し顔をしかめながら訊ねた。

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中原 中也

「は? じゃあ、本物も偽物も、どっちも別れの手紙だったってわけか?」

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依頼主

「はい。……教授に奥様がいらっしゃるのを知っていて、それでも、好意を持ってしまった。……でも、これ以上迷惑はかけられないと思って、せめて、感謝と別れの気持ちを伝えたかった」

中原が少しだけ声を落とす。

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中原 中也

「もう、心を決めたのか?」

彼女は、わずかに微笑むような、泣きそうなような顔で答えた。

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依頼主

「はい。学校を辞める手続きも、済ませました。顔を見たら、また愛してしまいそうだったから」

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太宰 治

「それで、どうするんです?」

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依頼主

「東京を離れようと思います。今回のこと、矢田君のおかげだね。本当にありがとう」

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矢田喜美雄

「いや、……僕は……たいしたことは……」

矢田は咄嗟に立ち上がり、弱々しく席を立った彼女の後ろ姿に、手を差し出そうとした。
泣いているのがわかった。
矢田は、それ以上彼女に近づかなかった。

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依頼主

「先生方も、本当にありがとうございました。これからの先生方の作品、楽しみにしています」

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ここまでのおさらい

  • 檀 一雄サムネイル

    檀 一雄

    だん かずお

    事件の動機が個人的なものであると推理し、依頼主と矢田に、犯人が親友のA子であることを説明した。

  • 太宰 治サムネイル

    太宰 治

    だざいおさむ

    これまでの状況から、依頼主の「親しい友人」が事件の黒幕であると冷静に指摘した。

  • 中原 中也サムネイル

    中原 中也

    なかはら ちゅうや

    親友が用意した偽手紙も、依頼主が書いた本物の手紙も、どちらも「別れ」を告げる内容だったという事実に驚いた。

  • 矢田喜美雄サムネイル

    矢田喜美雄

    やだきみお

    事件の解決を彼女から感謝されるが、涙を流して去る後ろ姿に手を差し伸べることができなかった。

ここまでの用語解説

  • 柱時計サムネイル
    はしらどけい柱時計

    ここで鳴っている「柱時計」は、電池式ではなく、ねじ巻き式の振り子時計です。木製の縦長の箱型で、壁に掛けられ、内部の振り子が左右に揺れながら「コチ、コチ」と時を刻みます。多くは一日一回、あるいは一週間に一度ゼンマイを巻く必要があり、定刻には金属的な鐘が「ボーン」と鳴りました。昭和初期の家庭や下宿では一般的な存在で、静かな室内では振り子の音がやけに大きく感じられたといいます。事件の推理場面で柱時計が鳴る描写は、時間の緊張と沈黙を強調する、いかにも昭和的な空気を生む装置なのです。

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    『したがき』『下書き』

    昭和初期、学生にとって紙は決して安価なものではありませんでした。帝大生といえど仕送りは限られ、便箋や封筒、インク代も馬鹿にならない出費です。そのため、恋文や重要な手紙はまず大学ノートの余白、原稿用紙の裏面、講義の配布資料の空白などに鉛筆で下書きし、推敲してから清書するのが一般的でした。消しゴムで直せる鉛筆は経済的でもあります。便箋は使い回しのきく和紙や安価な洋紙を選び、封筒も必要最小限。失敗は許されないため、下書きは「感情の走り書き」であると同時に、貧しさゆえの合理でもあったのです。