太宰治と檀一雄のバディ探偵ミステリー
第五章

被害者を辿って

主要人物

第四話 小雨の夜②

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「……今の黒い車、俺たちを見ていたな」

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太宰 治

「え?」

太宰が訊き返す。

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檀 一雄

「旅館の前にずっと止まってた。俺たちが動いたら、車も動き出した。……あんな高級車、こんな場所に似合わない」

太宰はしばらく沈黙し、口の中で言葉を転がした。

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太宰 治

「つまり、旅館を出入りする人間を、誰かが監視していると?」

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檀 一雄

「“別の組織”……こっちが探す前に、向こうに見つかってたらしい。——ナンバーは、ちゃんと覚えてある」

夜が、少しだけ深くなっていた。
雨が、まだ降り続いていた。
俺たちは、再び線路に戻っていた。どこからか、電車の走る音が低く響いていた。

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太宰 治

「……日が落ちると、余計に暗いな」

太宰の声は、どこか震えていた。

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檀 一雄

「遺体は、九十メートルにわたって……散乱していたらしい」

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太宰 治

「……むごいな」

言葉が、夜の空気に吸い込まれていった。
太宰が、俺の横顔を見て、声の調子を変えた。

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太宰 治

「事件の夜も雨だった……檀? どうした?」

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檀 一雄

俺は、胸の内に浮かんだ像を、言葉にするしかなかった。

「いや……遺体が散らばる光景を想像してしまってな。戦場でなら、いくらでも見てきた。けどな……当時、誰も“死んだ”なんて言わなかった。
“玉砕”とか、“名誉”とか、言葉をかぶせて、死を美化してた。でもそれは、ただの“死神の言葉”だった。……言葉が、人を殺すんだ」

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太宰がそっと言った。声は優しかった。

まるで、深い湖面の底から語りかけるようだった。

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太宰 治

「檀……落ち着け」

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檀 一雄

俺は深く息を吸い、吐き出した。

「すまん」

電車の音が、また遠くで鳴った。
線路が夜のなかで震えていた。

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太宰 治

「……今日は、戻るか?」

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檀 一雄

太宰が訊いた。声は、驚くほど柔らかかった。 俺は、静かに首を横に振った。

「いや、もう少し歩きたい」

工場と倉庫が並ぶ、無機質な風景が広がっていた。
コンクリートと錆びたトタン、剥がれかけた看板。
下山が最後に見たのも、こんな景色だったのかもしれない。
——小雨が降っていた。
りつ子を見送った日も、雨だった。
事件を追いかけながら、
俺は、自分自身の過去と向き合いはじめていた。
……太宰が、いてくれてよかった。
一人で、生きていくのは、やっぱり辛い。

太宰が、空を見上げて言った。

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太宰 治

「……歩いたなあ。久しぶりに、BARルパンでも顔出すか。この前、安吾が来いって言ってたんだろう?」

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檀 一雄

俺は苦笑して首を横に振った。

「今は……誰と会ったところで、何も話せる気がしないな」

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すると太宰は、肩をすくめて言った。
まるで、何気ないように見せて、ほんとうは、少しだけ切実に。

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太宰 治

「——話すことなんて、なくたっていいんだよ。黙ってるより、声にしてみる。そうするとさ、不意に、思ってもみなかった“切り口”が転がってくることがある。

……物語も、人生も、そんなもんだろ?」

言葉の後ろに、ため息のような風がついていた。

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ここまでのおさらい

  • 檀 一雄サムネイル

    檀 一雄

    だん かずお

    夜の線路で下山事件の悲惨な現場を想像し、戦場でのトラウマがフラッシュバックした。

  • 太宰 治サムネイル

    太宰 治

    だざいおさむ

    トラウマに苦しむ檀をなだめ、気分を変えさせるためにBARルパンへと誘った。

ここまでの用語解説

  • ……言葉が、人を殺すんだサムネイル
    ……ことばが、ひとをころすんだ……言葉が、人を殺すんだ

    戦時中、日本では死や敗北はそのまま語られず、別の言葉に置き換えられて伝えられていました。たとえば、敗北は「転進」、全滅は「玉砕」と表現されました。これは1941年の戦陣訓にある「生きて虜囚の辱を受けず」という思想とも結びつき、降伏より死を尊ぶ価値観を広めました。大本営発表では実際の損害や状況がぼかされ、言葉によって現実がやわらげられていたのです。こうした表現は、死の苦しさや悲惨さを覆い隠し、「名誉ある死」というイメージを人々に植え付けました。檀の言う「死神の言葉」とは、まさに人の命の実態を遠ざけてしまう、こうした言語の力を指しています。