太宰治と檀一雄のバディ探偵ミステリー
第三章

女生徒と秘密

主要人物

第四話 女生徒と秘密④

彼女が去ったあと。
玄関の扉が音を立てて閉まると、室内には再び静寂が戻った。

その中で、矢田がぽつりと呟いた。

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矢田喜美雄

「……優しさって、何なんでしょうね」

太宰が肩を揺らしながら微笑む。

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太宰 治

「“優しさの定義”を考えることから、物語が始まる。優しさなんて、移ろいゆくものでしかないのにね……」

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中原が、詩人らしく言った。

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中原 中也

「ふたつ並んだ赤い文字。一つは、“別れ”。一つは、“破滅”。どちらも、人の心を照らし出す」

太宰がそれを軽く受け流す。

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太宰 治

「また、大袈裟な詩ですねえ」

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中原 中也

「別に、今のは詩でもなんでもねえ」

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檀 一雄

俺はゆっくりと言った。

「言葉で、傷つけて。言葉で、救って。……それでも、人はまた、言葉を使おうとするんだな。そうして俺たちは、作家を続けるんだ」

中原が苦笑しながらも、どこか真剣な顔で言った。

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中原 中也

「お前たち、ちゃんと創作活動しろよ。作品を生み出してこそ、俺たちなんだからな。“青い花”、出版するんだろ?」

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檀 一雄

——あの夜、俺たちは、“探偵ごっこ”だと笑いながら、人の隠し持つ小さな謎に夢中になっていた。

そこには確かに感情があり、嘘も、嫉妬も、優しさも、確かに“生きて”いた。

人はなぜ、嘘をつくのか。

なぜ、黙るのか。なぜ、言葉を発するのか。

——その理由を、俺たちはずっと書こうとしていたのかもしれない。

今にして思えば、あの“赤い洋墨の手紙”の事件の向こうには、もっと深く、もっと暗く、そして大きな“何か”が潜んでいたような気がする。

……そして矢田が、下山事件に際し、再び俺のもとを訪ねてきたのは、あいつの中では、あの夜の事件が、まだ終わっていなかったからかもしれない。

ここまでのおさらい

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    矢田喜美雄

    やだきみお

    女生徒が去った後、「優しさって何なんでしょうね」と静かに呟いた。

  • 太宰 治サムネイル

    太宰 治

    だざいおさむ

    矢田の呟きに微笑みつつ、中原の詩的な言葉を「大袈裟だ」とからかった。

  • 中原 中也サムネイル

    中原 中也

    なかはら ちゅうや

    赤い文字が示す意味を語り、太宰と檀に「ちゃんと作品を生み出せ」と発破をかけた。

  • 檀 一雄サムネイル

    檀 一雄

    だん かずお

    言葉の業を語り、「そうして俺たちは作家を続けるんだ」と呟いた。

ここまでの用語解説

  • No Image
    “やさしさのていぎ”をかんがえることから、ものがたりがはじまる。やさしさなんて、うつろいゆくものでしかないのにね……“優しさの定義”を考えることから、物語が始まる。優しさなんて、移ろいゆくものでしかないのにね……

    太宰治の作品では、「優しさ」は単純な美徳としては描かれません。たとえば『人間失格』では、主人公は「人間は互いにだましあっている」と感じつつ、それでも他者に合わせようとする“過剰な優しさ”ゆえに自壊していきます。また『斜陽』では、没落する家族の中で、相手を思いやることがかえって破滅を早める場面もあります。太宰にとって優しさとは、救済であると同時に、自己犠牲や欺瞞と隣り合わせの危うい感情でした。だからこそ彼は、「優しさとは何か」を問い直すところから物語を始めるのです。それは倫理ではなく、人間の弱さに踏み込むための入口でした。