女生徒と秘密
主要人物
太宰 治
声/岡本信彦
檀 一雄
中原 中也
第四話 女生徒と秘密④
彼女が去ったあと。
玄関の扉が音を立てて閉まると、室内には再び静寂が戻った。
その中で、矢田がぽつりと呟いた。
矢田喜美雄
「……優しさって、何なんでしょうね」
太宰が肩を揺らしながら微笑む。
太宰 治
「“優しさの定義”を考えることから、物語が始まる。優しさなんて、移ろいゆくものでしかないのにね……」
中原が、詩人らしく言った。
中原 中也
「ふたつ並んだ赤い文字。一つは、“別れ”。一つは、“破滅”。どちらも、人の心を照らし出す」
太宰がそれを軽く受け流す。
太宰 治
「また、大袈裟な詩ですねえ」
中原 中也
「別に、今のは詩でもなんでもねえ」
檀 一雄
俺はゆっくりと言った。
「言葉で、傷つけて。言葉で、救って。……それでも、人はまた、言葉を使おうとするんだな。そうして俺たちは、作家を続けるんだ」
中原が苦笑しながらも、どこか真剣な顔で言った。
中原 中也
「お前たち、ちゃんと創作活動しろよ。作品を生み出してこそ、俺たちなんだからな。“青い花”、出版するんだろ?」
檀 一雄
——あの夜、俺たちは、“探偵ごっこ”だと笑いながら、人の隠し持つ小さな謎に夢中になっていた。
そこには確かに感情があり、嘘も、嫉妬も、優しさも、確かに“生きて”いた。
人はなぜ、嘘をつくのか。
なぜ、黙るのか。なぜ、言葉を発するのか。
——その理由を、俺たちはずっと書こうとしていたのかもしれない。
今にして思えば、あの“赤い洋墨の手紙”の事件の向こうには、もっと深く、もっと暗く、そして大きな“何か”が潜んでいたような気がする。
……そして矢田が、下山事件に際し、再び俺のもとを訪ねてきたのは、あいつの中では、あの夜の事件が、まだ終わっていなかったからかもしれない。
話一覧
ここまでのおさらい
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矢田喜美雄
やだきみお女生徒が去った後、「優しさって何なんでしょうね」と静かに呟いた。
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太宰 治
だざいおさむ矢田の呟きに微笑みつつ、中原の詩的な言葉を「大袈裟だ」とからかった。
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中原 中也
なかはら ちゅうや赤い文字が示す意味を語り、太宰と檀に「ちゃんと作品を生み出せ」と発破をかけた。
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檀 一雄
だん かずお言葉の業を語り、「そうして俺たちは作家を続けるんだ」と呟いた。
ここまでの用語解説
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“やさしさのていぎ”をかんがえることから、ものがたりがはじまる。やさしさなんて、うつろいゆくものでしかないのにね……“優しさの定義”を考えることから、物語が始まる。優しさなんて、移ろいゆくものでしかないのにね……
太宰治の作品では、「優しさ」は単純な美徳としては描かれません。たとえば『人間失格』では、主人公は「人間は互いにだましあっている」と感じつつ、それでも他者に合わせようとする“過剰な優しさ”ゆえに自壊していきます。また『斜陽』では、没落する家族の中で、相手を思いやることがかえって破滅を早める場面もあります。太宰にとって優しさとは、救済であると同時に、自己犠牲や欺瞞と隣り合わせの危うい感情でした。だからこそ彼は、「優しさとは何か」を問い直すところから物語を始めるのです。それは倫理ではなく、人間の弱さに踏み込むための入口でした。
