BARルパンで。
BARルパンに集った文豪たち。
佐藤春夫との再会を機に、文学や戦争時の話に華を咲かせていく——。
主要人物
坂口安吾
佐藤春夫
第一話 堕落①
坂口安吾はコートの襟を立て、傘もささずに銀座の裏通りを歩いていた。濡れた舗道に靴の音が低く響き、街の灯りがぼやけて揺れていた。
坂口安吾
小雨の夜だった。
虫の知らせってやつか──なぜか足が、BARルパンに向いていた。
銀座の表通りは、もうだいぶ明るくなってきた。
舗道にはネオンサインがにじんで、復興だの平和だの、空疎な言葉がぺたぺた貼られている。
けれど、ひょいと裏通りを覗けばいい。
そこには、まだ惨劇の後始末ができていない場所が、いくらでもある。
焦げた壁、剥がれかけたポスター、空っぽのままの靴屋のショーウィンドウ──。
濡れた舗道に、俺の靴音が低く響く。
傘はささなかった。
小雨の湿気が、むしろちょうどよかった。
思考が、少し冷えてくれる気がした。
戦後四年。破壊と破滅の砲火はたしかに止んだ。
けれど──人間は、取り戻せているだろうか?」
ルパンのドアを押した。
変わらぬ静けさ、古い木の匂い。
少し古びたジャズが、遠くから流れていた。
バーカウンターに腰を下ろし、ウイスキーを注文する。
酒が来るまでのわずかな間、俺は心のなかで呟いていた。
「人間というのは、もともと堕ちた存在だ。
欲望も、嘘も、滑稽さも含めて、それが人間の本性なら、まずは“堕ちたところ”から始めるしかない。
でなきゃ、本当の自由も、文学も、生まれやしない。
兵士が闇で商売をする。
未亡人が新しい男を探す。
それを“堕落”と呼ぶなら、俺はその堕落を引き受ける。
人間の姿を否定しないために。
否定した瞬間に、文学は嘘になるからだ。
ただ、ひとつ不安がある。
──GHQが、またもや天皇制度を利用して、からくりに満ちた“健全なる道義”を、この国に押しつけてこようとしていることだ。
それが一番厄介だ。
制度という名の演出で人間らしさを消し、正しさという名で心を縛る。
破壊の音は止んでも、砲火の代わりに別の手段で、今もこの国は“征服”されている。
──本当に、戦争は終わったのか?
原稿用紙の前で、俺は自問自答を繰り返す。
“人間とは何か”。
“文学者とは何か”。
破壊のなかで一瞬だけ見えた、美しさ。
命を投げ出すその瞬間だけに現れる純粋さ。
だが──そこには、どこか人間らしさがなかった。
それを思い出すと、手が止まる。
書けなくなる夜がある。
いや、むしろ、書かずにはいられない夜が、書けない夜になる。
自問だけが積もり、答えはどこにも落ちていない。
堕落の先に、なにが見えるのか。
それが、今夜の宿題だ」
酒が運ばれてきた。
バーテンが無言でグラスに注ぐ。
その音を聞きながら、俺はグラスに手を伸ばした——そのとき。
佐藤春夫
「お邪魔するよ。——誰か、いるかね?」
坂口安吾
ドアのベルが鳴った。
声の主は、佐藤春夫だった。
少し年季の入ったコートを着て、静かにルパンに現れた。
「先生!佐藤春夫先生じゃないですか!」
安吾は立ち上がり、嬉しそうに手を差し出した。
佐藤春夫
「おや、安吾か。——久しぶりだな」
佐藤は椅子に腰を下ろしながら、微笑みを浮かべる。その所作には、戦前から変わらない風格があった。
話一覧
ここまでのおさらい
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坂口安吾
さかぐちあんご戦後の日本の現状やGHQによる支配を憂いつつ、「堕落」と文学のあり方について自問自答した。
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佐藤春夫
さとうはるおBARルパンに現れ、坂口の隣に腰をかけた。
ここまでの用語解説
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さかぐちあんごはコートのえりをたて、かさもささずにぎんざのうらどおりをあるいていた。坂口安吾はコートの襟を立て、傘もささずに銀座の裏通りを歩いていた。
坂口安吾は、文壇でも際立って“だらしない”外見で知られていました。無精髭にぼさぼさの髪、しわだらけの背広や着古したコートを無造作に羽織る姿は、いわゆる文士らしい端正さとは対極にありました。その風貌から「日本のトルストイ」と半ば揶揄的に呼ばれることもあり、本人もあまり身なりに頓着しなかったと伝えられています。戦後の混乱期には、物資不足もあって服装はさらに粗末になり、コートの襟を立てて雨の中を歩く姿は、都市の退廃と孤独を体現するようでもありました。ただしその無頓着さは単なる怠惰ではなく、「虚飾を剥ぎ取った人間の姿」を重んじる安吾の思想ともどこか通じていたと言われています。
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BARルパン
BARルパンは1928年(昭和3年)創業、銀座の裏通りにある老舗バーです。戦前から作家や記者、編集者が集う場所として知られ、太宰治、坂口安吾、織田作之助らが通ったことで有名になりました。戦時中の空襲でも焼け残り、戦後も変わらぬ姿で営業を続けています。店内には当時の文豪たちの写真も残され、今も文学ファンや太宰ゆかりの地を巡る人々が訪れる場所となっています。観光地というより“静かに飲む場”としての雰囲気が保たれており、昭和の文壇の空気をそのまま感じられる、数少ない生きた文化遺産の一つです。
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こげたかべ、はがれかけたポスター、からっぽのままのくつやのショーウィンドウ──。焦げた壁、剥がれかけたポスター、空っぽのままの靴屋のショーウィンドウ──。
戦前の銀座は、日本で最もモダンな街の一つでした。煉瓦造の建物や百貨店が立ち並び、カフェーや洋食店、劇場が集まる華やかな文化の中心地として知られていました。しかし1945年の東京大空襲で街は壊滅的な被害を受け、多くの建物が焼失します。戦後数年の銀座は、復興の象徴としてネオンサインが灯り始める一方で、裏通りには焼け焦げた壁や空き店舗が残り、物資不足の中で営業できない店も多く見られました。表通りの“明るさ”と、裏に残る焼け跡や空白。その落差こそが、戦後初期の銀座の現実であり、復興の光と戦争の影が同時に存在する場所だったのです。
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すこしふるびたジャズが、とおくからながれていた。少し古びたジャズが、遠くから流れていた。
戦後直後の日本で流れていたジャズは、主に米軍を通じて持ち込まれたレコードによるものでした。進駐軍のクラブや将校向け施設では、ベニー・グッドマンやグレン・ミラーといったスウィング・ジャズが流れ、それが銀座などのバーやダンスホールにも広がっていきます。当時はレコード自体が貴重品で、闇市や横流しで手に入ることも多く、店が持つ数枚のレコードを繰り返し再生するのが一般的でした。またラジオ放送でもアメリカ音楽が流れ始め、ジャズは「占領の音」であると同時に、新しい時代の自由や解放の象徴でもありました。古びた音で流れるジャズは、戦後の空気そのものを映していたのです。
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“だらく”“堕落”
坂口安吾の『堕落論』(1946)における「堕落」とは、退廃や悪ではなく、人間が本来の姿に戻る過程を指します。戦時中、人々は「玉砕」や「忠義」といった言葉に縛られ、無理に美しくあろうとしていました。しかし戦後、その仮面が剥がれ、人は欲望や弱さに従って生き始める。安吾はそれを否定せず、「人間は堕ちるものだ。生きている以上、避けられない」と断言します。重要なのは、堕ちること自体ではなく、その現実から目を背けないこと。美しい理想ではなく、醜さや矛盾を引き受けた地点からしか、本当の人間も文学も始まらない——それが安吾の「堕落」の思想です。
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——GHQが、またもやてんのうせいどをりようして、からくりにみちた“けんぜんなるどうぎ”を、このくににおしつけてこようとしていることだ。——GHQが、またもや天皇制度を利用して、からくりに満ちた“健全なる道義”を、この国に押しつけてこようとしていることだ。
敗戦後、GHQは日本の統治構造を再編し、1946年の「人間宣言」により天皇は神格を否定、1947年の新憲法で天皇は「象徴」と位置づけられました。これは民主化の一環でしたが、安吾は『堕落論』で、こうした制度もまた人間の本性を覆う“新しい仮面”になり得ると見ます。戦前の武士道や忠義が人間を縛ったように、戦後は「平和」「民主」といった“健全な道義”が別のかたちで人を規定する。天皇制は形を変えて存続し、秩序を保つ装置として機能し続ける――その仕組み自体が、人間の弱さを前提に作られた“からくり”だという認識です。安吾の疑念は、制度の是非ではなく、言葉と制度が人間をどこまで縛るのか、という点に向けられていました。
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さとうはるお佐藤春夫
佐藤春夫(1892–1964)は、詩・小説・随筆と幅広く活躍した近代日本文学の重鎮で、抒情的かつ耽美的な作風で知られます。大正期から文壇の中心に位置し、若い作家たちにとっては“先達”であり、精神的な拠り所のような存在でした。太宰治とは特に深い関係があり、太宰はその文学的力量に強い敬意を抱きつつ、時に激しく依存するような関係でもありました。佐藤は太宰の才能を認めながらも、一定の距離を保ちつつ見守り、導く立場にありました。太宰にとって佐藤は、評価を求める対象であると同時に、越えがたい「文学の大人」でもあったのです。
